なぜ僕は「自由」を目指しているのか

小学生の頃、家のテレビはサザエさんに出てくるような箱型だった。

友達に「え、まだあんなテレビ使ってんの」とバカにされたことを、今でも覚えている。塾に通いたくても、お金がないから通えなかった。周りの友達が当たり前のように持っている選択肢が、自分にはなかった。

お金がないだけで、こんなに違うのかと思った。

あの頃の感覚が、今の自分を動かしている気がする。

社会人になっても、「誰かに決められる」は続いた

大人になってお金を稼ぐようになれば、あの頃の不自由さから解放されると思っていた。

でも現実は少し違った。

会社に入ったら、今度は時間を縛られた。

1年かけて開拓したお客さんを他の部署に渡せと言われた。1週間かけて作った引き継ぎ資料が、「やっぱりやめます」の一言で無駄になった。

お金がなくて不自由だった子供の頃と、会社という組織に振り回される今と、形は違うけど「誰かに自分の人生を決められている」という感覚は同じだった。

自由になりたい、とはっきり意識したのはその頃だった。

僕にとっての「自由」とは

自由という言葉は漠然としているので、自分なりに定義している。

自由の定義

お金の自由:お金の心配をせず生きていけること。できれば不労所得だけで暮らせる状態。

時間の自由:会社の始業時間に縛られず、自分のペースで動けること。好きな時間に働けること。

場所の自由:どこにいても仕事ができること。特定のオフィスや場所に縛られないこと。

身体の自由:元気でいること。ムキムキとまではいかなくても、健康で体力がある状態を保つこと。

この4つが全部揃った状態を、僕は「自由」と呼んでいる。

正直、まだ全然遠い

数字で見ると、現実は残酷なくらい明確だ。

目標資産1億円に対して、今の資産は貯金40万円+証券230万円で約270万円。達成率2.7%。
月の手取りは平均残業40時間くらいで25万円。筋トレは週2回、体重60kg、体脂肪18%くらい。

「自由を目指しています」と書いておきながら、現実はこの数字だ。

筋トレも続いたり途切れたり。本業も上手くいっているわけではないし、このブログも始めたばかりだ。

毎月S&P500を積み立てて、イーサリアムを少し買って、仕事が終わった後にブログを書いている。劇的な変化は何もない。

でも、12歳の自分は何もしていなかった。今の自分は、少しずつ動いている。それだけは確かだ。

なぜブログを書いているのか

始めやすそうだったから、というのが正直なきっかけだ。お金もかからないし、敷居が低かった。

ただ書き続けていくうちに、もう少し違う意味も出てきた。

自由を目指す過程を、リアルタイムで残しておきたいと思うようになった。うまくいったことも、失敗したことも、遠回りも全部。

もしかしたら、同じような感覚を持っている誰かの参考になるかもしれない。子供の頃にお金で選択肢を失った経験がある人、会社に振り回されてうんざりしている人、自由になりたいけど何から始めていいか分からない人。

そういう人に向けて、25歳の自分がどう動いているかを書いていく。

まだ答えは出ていない。でも、そのプロセスを見せることが、このブログの意味だと思っている。

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